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zoom RSS 人を率いる難しさ

<<   作成日時 : 2009/12/18 00:56   >>

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川崎の関塚監督が辞任するんだそうだ。あれだけ強いチームを作り上げたのは素晴らしいと思うが、やはり「無冠」ということで、成果が出せなかった、という責任感からの辞任か?

オレも会社では一つの部門を持たせてもらっており、いわば監督みたいな立場にあるのだが、自分が直接やるのではなく、人を率いて成果を出す難しさを毎日イヤというほど味わっている。

ところで、オレの部下にすごくデキる奴がいる。目標に向かって取り組む集中力が素晴らしく、お客様からも一目を置かれる存在。

ところが、こいつ、目標をひたすら追うがためか、周囲がもたついたりミスをしたりすると、所構わず怒鳴り上げ、出来ない奴のしりを引っぱたいてでもやらせる。本人には悪気は全くない。ただ、目標達成ということにひたすら純粋というか、そこに意識が集まりすぎる。

このおかげで会社・部門として成果を上げているところもある反面、この人にはついて行けません、と根を上げる人間が後を立たない。「和」がどうしても乱れてしまう。

強い奴を、デキる奴を連れてきてチームに入れる。あるいは、強い奴を中心に体制を作る。それはそれで重要だが、問題はそれで「全体最適」がとれるかどうか。 個々のモチベーションが向上しているのかどうか。

人間は「感情の動物」であり、論理的な正しさや理性、数字の良し悪しだけで価値判断して動けるかといったら、そうではない。むしろそうではない部分で行動パターンが決まったりすることのほうがほとんどではないか。

さらに、人間はあまねく「不完全」である。完全な人間は存在しない。むしろ不完全だからこそ人間たるのかも知れぬ。パフォーマンスには限界がある。器は無限ではなく、大きさは有限だ。

前述の「デキる奴」も、仕事への集中力は抜群である代わりに、周囲の人の「感情」に配慮する能力には欠けている、と言わざるを得ない。当たり前だ。器の大きさは有限で、しかも不完全なのが人間だ。

サッカーに戻る。

能力の高い選手を揃えられたとしても、それをチームとして率いる監督は大変だ。サッカーの技術は「それを単体で」見たら素晴らしくても、所詮ひとりの人間。不完全な部分は必ずある。その不完全な部分がパズルのようにピッタリ合う、などということは皆無と言っていい。そんな状態で、技術と意欲は十分だがやはり不完全な人間多数を一堂に介して成果を出させる監督という職業は、大変だといわざるを得ない。

しかも、その監督とて、やはり不完全なひとりの人間なのである。

人を率いる難しさ。相馬直樹、果たして・・・。


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